2021年8月。離婚して2年半、私は長年築き上げた熊本でのすべてを手放し、たった一人で福岡に飛び込みました。
手元に残ったのは、まだ返済も始まっていない1000万円という多額の借金。
そして、知り合いも頼れる人も一人もいない、完全なる孤立。今思い出してもゾッとするような、無謀で命がけの再スタートでした。
コロナ禍の真っ只中、激戦区・平尾。 「ここで生き残るために、何が何でも自分を有名にする」 「誰にも文句を言わせない『冠』を獲ってやる」
その執念だけで、サロンを開く前の4ヶ月間、私は全精力をミセスコンテストに注ぎ込みました。
収入はゼロ。貯金は削れる一方。それでも「絶対にティアラを獲る」という意地だけが私を突き動かしていました。
25歳から四半世紀、美容の世界で生きてきたプライド。 平凡な顔、平凡なスタイル。そんな私が、誰よりも切迫した状態で、文字通り死に物狂いでステージに立ちました。
結果、沖縄大会で優勝。そして日本大会でのベストタレント賞。

あの時、頭に乗せたティアラの重みは、私の人生の「自信」そのものです。 「何もない自分」が、気合だけで掴み取った証。
綺麗ごとを言うために福岡へ来たのではありません。 あの時のギリギリの恐怖と、それをねじ伏せた達成感があるから、今の私があります。
あれから4年半。 私はまた、自分自身の意地をかけて、大濠、あるいは浄水という新しいステージを切り拓きます。
