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泥まみれの1年、沈黙の23年。――私が24年かけて守り抜いた「母の誇り」

前回、父を見送ったことで得た「命の使い方」についてお話ししました。

その覚悟の背景には、30年以上も前から、私が命を削るようにして向き合ってきた、ある「沈黙の決意」がありました。

 

「なぜ、そんなところへ嫁ぐの?」 

 

30年以上前、25歳の私に周りの誰もがそう言いました。

 

当時の私は、厳格すぎる実家から一刻も早く出たくて、逃げる場所を探していました。

社会のことも、自分の価値もまだ何もわからなかった。

だからこそ、親の反対を押し切り、4歳下の夫のもとへ、厳しい農家へと嫁いだんです。 

 

そこで待っていたのは、現代の物語とは思えないような過酷な日々でした。

それはまさに、ドラマ『おしん』の世界そのもの。  

1年間の同居生活。

慣れない農作業に明け暮れ、舅・姑・小姑からのいじめに耐える日々。

食事や居場所さえままならないような、人間としての尊厳を試されるような環境でした。

 

1年後に実家を出て別居を始めましたが、そこからも孤独な戦いでした。

好き勝手な振る舞いを続ける夫、繰り返される裏切り。

一番の味方であってほしい人に足蹴にされる毎日は、心が削り取られるようでした。

 

でも、そんな地獄のような日々の中で、私が自分に課した「たった一つの誓い」があります。

 

「子供たちの前で、一度も父親の悪口を言わない」

 

どんなに裏切られても、どんなに自分が惨めでも、彼が子供たちの父親であるという事実は変わりません。

父親を否定することは、子供たちの半分を否定することになる。そう思ったからこそ、私は自分の感情を飲み込み、沈黙を貫きました。

 

離婚したくても、すぐにはできない現実。

だからこそ、私は外に出て仕事を掛け持ちし、資格を取り、タレントの活動を続け、誰にも頼らず自分の足で立つための準備を、何年も、何年もかけて進めました。

7年前に離婚し、ようやく自分の人生を取り戻すまでの24年間。

「お母さんは、いつだって前を向いている」 その背中を見せ続けることだけが、私に残された唯一の誇りでした。

泥にまみれたあの1年。

そして、自分を律し続けた23年。

この歳月を「責任」を持って勤め上げた経験があるからこそ、今の私の技術には、魂が宿っていると自負しています。

 

福岡の大濠・浄水という新しいステージで、私が向き合いたいのは、かつての私のように、誰にも言えない苦しみを抱えながらも「凛とありたい」と願う女性たちです。

もう、誰かのために自分を押し殺す時間は終わり。

次は、あなたの番です。

あなたが自分の人生の主役として輝けるよう、私は私のすべてをかけて、あなたの隣に立ち続けます。